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敗戦記念日に寄せて―ピースフェスで考えた、世界の戦争と私たちの暮らし

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🌈敗戦記念日に寄せて🌈
「日本の平和は、障子の和紙のように薄い」
 ―ピースフェスで考えた、世界の戦争と私たちの暮らし

7月4日(土)、パルシステム東京の平和カンパを広め、平和について学びを深める「ピースフェス」が開催され、JIM-NETもブース出展させていただきました。
JIM-NETでは、パルシステム東京が組合員の皆さまに呼びかけてくださっている「平和カンパ」よりご支援をいただいており、日頃から私たちの活動を温かく支えていただいています。
今回の基調講演には、俳優・表現者のサヘル・ローズさんと、ウクライナからの留学生で茨城県留学生親善大使のトロプチン・ニキタさんが登壇され、JIM-NETの崔がファシリテーターを務めました。

<3月のJIM-NETギャラリー展から、今回の「ピースフェス」へ>

今回のサヘルさんとニキタさんのクロストークには、ひとつのご縁がありました。
今年3月、JIM-NETのギャラリー展でお二人によるクロストークを開催した際、パルシステム東京の政策推進課の方々が参加してくださいました。おふたりのお話を「ぜひ組合員の皆さまにも紹介したい」とお声かけくださったことから、今回のピースフェスへとつながりました。
ニキタさんは、ピースフェスの前日に、来日してちょうど4年目を迎えたそうです。
「『郷に入っては郷に従え』ということわざ通り、ウクライナ人というアイデンティティを保ちながらも、どうやって日本の文化に合わせるかという日々でした。ウクライナと離れた一方で、日本と近づく機会ができたことは嬉しいんです」
そんな言葉から、トークは始まりました。ニキタさんは、日本の難しいことわざもさらっと話されます。
一方、サヘルさんは、イラン・イラク戦争で孤児となられ、8歳の時に養母とともに来日されました。サヘルさん自身も大変な経験をされたはずですが、「自分は幼い子どもで脳も柔らかく、気づいたら日本に馴染んでいて、すぐに対応できた」と話されました。
そして、18歳という多感で将来を考える時期に、家族と離れ、たった一人で異国である日本にやってきたニキタさんについて、「不安の中で過ごしたニキタさんの思いを、改めて考えたい」と語られました。
相手の経験に静かに思いを寄せるサヘルさんの言葉に、胸が痛くなりました。
この日のトークのテーマは、
「イラク、イラン、そしてウクライナ。遠く離れた地で起きている出来事は、決して別々の問題ではない」ということでした。
サヘルさんからは、こんな問題提起がありました。
「日本のメディアに『現場を見て、彼らの言葉を届けたい』と伝えても、『今それをやる意味は何ですか?』と言われてしまう。
けれど、私たちは地球という、このひとつの星で生活しています。
ひとつの場所で荒れ始めれば、私たちの日常にも必ず影響を与えます。
私たちが日々口にするコーヒーやチョコレート、スマートフォンに使われるレアメタルも、すべて世界のどこかからやってきます。関係のない社会なんて、ひとつもないんです。」

【戦場に残された光ファイバーで、鳥たちが巣をつくる】

崔からは、JIM-NETが昨夏に開催した、ウクライナで取材を続けるジャーナリスト・玉本英子さんの報告会で伺ったお話も紹介しました。ウクライナの最前線では、電波妨害を避けるため、光ファイバーケーブルを用いた有線ドローンが使われています。そして驚くことに、戦場に残された無数の光ファイバーケーブルを鳥たちがくわえ、巣作りに使っているというものです。会場では、玉本さんからお借りしたドローンの模型と、光ファイバーでつくられた鳥の巣の写真を紹介しました。人間が引き起こした戦争が、人間だけでなく、自然界の営みにまでその痕跡を残している・・・。
その事実に、言いようのない怒りを覚えました。

【家族みんながいる時に落ちてほしい。一瞬で殺してほしい。】

また、イラクで起きていることについてもお伝えしました。2月28日のアメリカ・イスラエルによるイラン攻撃後、米軍基地や関連施設に向けた攻撃が続き、ドローンによる攻撃は民間地域にも及びました。そのなかで、上空を飛ぶドローンやミサイルの音に恐怖し、音にとても敏感になってしまったJIM-NETスタッフの9歳の娘さんが、家族にこんな言葉を口にしました。
「どうせドローンが落ちるなら、今、家族がいるこの場で、家の中にみんながいる時に落ちてほしい。一瞬で殺してほしい!」
ある日突然始められた戦争によって、普通の人たちの、普通の暮らしが奪われてしまう。
戦争とは、ニュースの中の軍隊や兵器だけの話ではありません。その下には、一人ひとりの生活があり、家族がいて、子どもたちの日常があります。私たち自身がそのことを改めて突きつけられた出来事でした。

【日本の平和は、障子の和紙のように薄い】

そしてニキタさんは、平和と、そこに生きる私たち一人ひとりの責任について語りました。
「国民が無関心になれば、権力者は好き放題に戦争を進めてしまいます。日本はこれだけ言葉の自由があるということが貴重なもので、それが平和を守る第一線だと思います」
そして最後に、大切なメッセージを残してくれました。
「私は日本に来て、日本の人々にいろんなことを教わったんです。
日本に来なかったら知らなかったことがたくさんあって、その代表例を言うと、『相手を思うこと』。世界は自分だけじゃない。日本は、これだけ互いに密接に暮らしているこの島で、人々と一緒にならざるを得ないからこそ、相手を考えなくてはいけない。一層深く……。
日本での様々な経験を通じて、ウクライナの視点から日本の皆さんに伝えたいということがあります。戦後の日本は、焼け野原になって、そこから建て直し、現在は高層ビルとコンクリートでできています。戦争が終わった時の平和は、コンクリートのように分厚かったと思います。ただ、今は薄っぺらの、障子の和紙のような、猫の足で破れるような平和になったように思います。

私はこれまで、北は北海道や青森、そして南は四国まで旅行しているんですが、この間、田舎では古民家の存在を知りました。特に東京の人、大都市の人、今の経済を動かしている人、皆さんにお伝えしたいのは、戦後の東京も古民家ばっかりだったんですね。木材の家で、着火しやすい家だったんですね。一つの火を消し忘れたら燃えてしまう。障子のような薄い紙でできていた仕切りもあったように、何も変わっていないです。それをコンクリートに変えただけで、本質は変わらない。そんなリマインドを、今日の最後の締めくくりとして残したいです。日本ならではの、日本の本来の、薄いけれど綺麗。それを大事にしないと、綺麗であり続けない。であれば、大事にしましょう、ということです」

【「遠くの出来事」にしないために】

お仕事と並行しながら、さまざまな場でご自身の経験と気づきを発信されているサヘルさん。そして、戦争をきっかけに日本へ来ることになり、この4年間、日本で暮らし、学び、日本という国を自分自身の目で見てきたニキタさん。お二人の言葉を聞きながら、改めて考えさせられました。
遠く離れた場所で起きていることと、私たちの日々の暮らしはつながっています。そして、今ここにある平和も、決して「当たり前」に続いていくものではありません。
ニキタさんが語った、日本の「薄いけれど綺麗」な平和。それを壊さず、大切に守っていくために、私たちに何ができるのか。世界で起こっていることに関心を持ち続けることは、とても忍耐のいることですが、この平和が次の戦争までの「ひと休み」の期間ではなく、永遠に保てるよう、歴史と今を知り、これからを考え続けたい――と改めて感じた時間でした。

【ピースフェスの時間を、これからも】

会場では、今回のトークの記念としてニキタさんが選んだウクライナの詩人、コステンコ・リーナ『人生は進み、書き直しはできない』、ペルシャのウマル・ハイヤーム作四行詩の一遍(無題)、一休宗純『一休み』の資料が配布されました。
折に触れてこの資料を手にして、ピースフェスの時間を思い出したいと思います。

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