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屋台と世界の貧困

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2014年、「イスラム国」がやってきた。
そして2017年のハイライトといえば、イラクによる、「イスラム国」に対する勝利宣言だ。
先ほど、在日本イラク大使館では、そのことを記念した記帳が行われた。

2014年、最初はアンバールだった。
しかし、日本の反応は、ほとんどなく、2014年の2月12日に外務省が以下の支援を表明した。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_000597.html
このことは称賛に値する。我々民間では、なかなかこの規模のお金を集められない。

しかし、国連を介した支援は、時として時間がかかる。

4月に、私は、アルワリードに避難しているIDPのために、医薬品をルトバに買い付けにいった。その時にルトバでは初めて、IDP(国内避難民)の登録を行っている段階だったのだ。
そして、6月にイスラム国がモスルを制圧すると、アルビルにも避難民があふれた。
当時スタッフだった榎本彰子と田村佳子の2名が現地でスカイプインタビューに応じていた。
彼女たちの必死に訴える人道支援の必要性はほとんどカットされ、「イスラム国」て何でしょう?みたいな報道になっていた。

そういう状況だったからほとんどお金も集まらなかったが、少ないお金でもできることをやろうと、パンや、水を道端にあふれる避難民に配った。
現場には、高遠菜穂子さんが支援活動を行っていて、二人で、支援の相談していたのを思い出す。
そして何よりもイラク人のリカー先生の避難先を確保するのに榎本が動いて、JCFが日本での受け入れを決定してくれたこともあり、JCFが支援に参加した。
そのうち、JPFにお金が付いて日本のNGO も動き出した。

何よりも本気になったのが、代表の鎌田だ。
日テレを引き連れて2014年の12月末から2015年の年始。鎌田が聴診器でテロと戦うと宣言して、今までに7回もイラクを訪れることになった。
僕にとって、日テレの番組の中で、鎌田がきちんと現場を伝えてくれることは、うれしかったし、TVのクルーと一緒にイスラム国を考えることは意味があった。
僕たちが行かない、いけない前線で取材をする彼らは、命がけの報道であった。日テレ以外にも様々なジャーナリストと知り合えたことは、幸せだ。

いつか、鎌田を中心に「イスラム国」を総括したい。イスラム国そのものではなく
「イスラム国。その時僕たちはどう動いたか」という内容だ。

世の中はいろんなことが起こるから、どうリアクションをとるのか、それは、一人一人の生き方でもあるし、人生哲学、組織の哲学が問われる。
僕自身の中でも、反省がある。
いろんなことが気になりすぎて、手を出し過ぎたことがあった。迷いがあった。
東日本大震災でもそうだった。それでもやっぱりできることは何か、しなければいけないことは何か、それはいままで続けてきたがんの子どもたちの支援だということに尽きるが、迷いながらいろいろ手を出すことは、僕自身悪いことだとは思わない。

そこで、最近は、緊急支援というよりは、戦争から避難してきている子どもの中でもがんの子どもの支援を中心にしてきた。
2016年に、屋台を作って、避難民のがん家族が自立できるような経済活動をサポートしようということになった。
屋台は2台作った。
一台はシリア難民のがん患者、ローリンの父親が引いている。
2台目まで作って、やけどをしたシリア難民の子どものカラフ君というお父さんに貸し出すことを考えていたが、野菜を売ってみたものの、Syria難民はおカネを払わないということで商売にならなかった。
最近、キャンプで活動を総括しているバルザーニ財団と話し合い、障害を持つ子どもの父親に貸すことになった。
屋台を引いたところで、それ程お金にならない。悲しいことに難民たちが、なぜ故郷を捨てるかというと治安の問題がまさに第一なのだが、経済的な問題も大きい。楽して金がもらえることに期待して、夢を見る。

シリア難民は、国際NGOで働くと大金を手にすることができる。
信じられない話だが、緊急救援ということで緊急に英語が話せる人材が欲しいので、高校を出て避難してきた青年で、少し英語が話せれば、大金を稼ぎ一家の稼ぎ頭になってしまう。
JIM-NETでもそういう若い人たちを雇ってきたが、他の団体と比べて安いと、賃金交渉をしてくる。仕事に生きがいなど感じていなくてお金だけなのだ。ボランティア精神などかけらもなくなっていた。そういう連中は、すぐに去っていく。
今、JIM-NETで働いてくれているのは、少なからず、人道主義を理解してくれていると信じる。

若者は屋台に魅力を感じないだろう。しかし、屋台は、学びそのもの。多くの成功者は屋台から始めている。
最近2台目の屋台が動きだした。
ダラシャクラン難民キャンプで暮らすアレッポから避難してきたハッサン・アブドッラーさん。洋服のデザイナーだったという。アレッポでは工場を3つ持ってたという。一日500円くらいしか儲からないそうだが、それでも、難民キャンプの前で屋台が出ると活気がある。鎌田も「イスラム国よ」という著作の中で、貧富の格差がテロを生むと言っている。

難民たちは、富豪になりたがる。でもそんなに成功するものではない。屋台をひいても食っていけて、馬鹿にされたり差別されないようなそういう社会を作ることが必要だ。
テロリストが屋台を爆破するだろうか?
国際NGOで働いて大金持ちになっていくようなそういうゆがんだ格差社会こそがテロの標的になる気がするから、送られてきた屋台の写真をみるとほっこりしてしまう。

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さとうまき

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